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 陳腐だと分かっていても代わりとなる言葉が見つからない…Comoは運命を感じずにはいられなかった。

この人口が多い都市で、数ある部屋の中で彼女の隣人だけが引っ越していったのだ。何故か、なんて考えたところで誰にもわからない。

 ロビーに控えているアパルトメント担当官と即入居手続きをし、彼から鍵を受け取った。

 

 

海が見える、潮風が香る、私だけの部屋。ドアを開けると家具ひとつない(もちろんだ)、まっさらな空間が広がっていた。

 

 いつかの他愛ない話を形にしよう、ここは私の小さなお店にしようと決めた。

頭の中に浮かぶのは自身がパンを作る姿。

身につけるアーティファクトコック服は誕生日にフレンドさん夫婦から貰ったもので、パステルグリーンに染められている。主催するリンクシェルのみんなが遊びに来れて、フリーカンパニーのメンバーも、仲良くしてくれるフレンドさんも招待して、楽しくて美味しい空間を作ろう。誰かがふらっときて、お腹いっぱいにして帰ってもらおう。

 どんどん湧いてくる考えが身体中をめぐって、胸がいっぱいになった。小さな手をにぎにぎと動かした。急かすものは何も無いけれど、動きたくてたまらない。私、楽しい!この気持ちが誰かにも伝染するといいな!

 

 

  各都市、各種族、土地の数だけパンの種類がある。知ってはいたが、膨大な量を蓄えたレシピ帳をパラパラとめくる。Comoは元々レシピを見ては、完成図を眺めることが好きだ。伝統の味、秘伝の味、常備食から記念日に食卓を飾るごちそうの味がそこには記されていた。

マイペースにクラフター各職の技を磨いてきた中でも、調理師の修得が一番早かった。マスターリングサスに認められたあの頃、覚えたてのレシピ片手に夢中でフライパンを振ったものだ。好きこそ物の上手なれ。ビスマルク風エッグサンドを私がここで出せるようになったことを知ったら、リングサスはどんな顔をするだろう。ルガディン族の彼の豪快な笑顔が脳裏に浮かぶ。

 それから、古巣グリダニアの粉屋の主人と連絡を取ろう。幻術士の見習い時代、チョコボキャリッジに揺られて降り立ったのは緑に囲まれたグリダニア。そこで

ひなチョコボ冒険者としてお世話になり、あちこちお使いを頼まれた中でも古い顔馴染みだ。今回のベーカリー開店の話をすれば美味しい小麦粉を卸してくれるだろう。

 

 

Comoのパン屋計画は拍車をかけて進んだ。

 

 

  内装はできるだけ自分で製作したものを使うことになった。

「はぁ・・・どれもこれもぜーんぶ高い・・・」

 何度お財布を叩いても、その中を覗いても増えることのないギル硬貨。マーケットの家具価格を眺めてリンクシェルにため息と共に呟けば、経済をよく知るフレンドが、マーケットでは今の時期家具が2倍から3倍に高騰しているんだよ、と教えてくれた。

それもそのはずだ、何百室という部屋に人々が新たに入居したのだから。

 

 設置する家具は各地の店舗をめぐって、色々と参考にした。食堂、レストラン、BAR。

 キッチンと客席の雰囲気で好きだったのはワインポートのとある店。

ワイン樽を加工したソファが可愛かったので、似たものを見繕いカウンター席に使うことにした。あの部屋の窓から外を見ながらゆっくり朝食をとってもらおう。

 店内の植物は多くなくていい。食べ物を扱うのだから清潔感を感じられるのが大事だ。

 焼き窯にここのものを使ってみては?と、フリーカンパニーのマスターがアドバイスをくれた。自分では思いつきもしなかったので本当に助かった。さっそく仕入れると大き過ぎず、焼き釜はピッタリと店内に収まった。

 

  内装ができたと周りに報告してからは、記憶がふわふわしている。

ひっきりなしに楽しい時間が訪れ流れていったからだ。ちゃんと記録しておけば良かった。愛用の紀行録はこうしたプライヴェートな記録には向いてない。

 時系列は曖昧だが、かわるがわる見学に来てくれる仲間に感想をもらっては頬が緩んだ。ご縁が繋がってロールプレイに親しむリンクシェルにも新たに加入させてもらった。新たな友人ができたのは心強く、またベーカリーを通してたくさんの知り合いと仲良くなれたことは自信にも繋がった。

ロールプレイそのものを背中で教えてくれたモンクさんにも見学してもらいエールをもらった(いいね、続けてね。と言った彼女の声が忘れられない)。

  

 その後、提供するメニューもいくつか絞って、頭の中でシミュレーションを重ねた。失敗を大いにしても問題ないようプレオープンはフリーカンパニーのメンバーだけにお願いすることに決めた。

 結果は中々の失敗続きで、提供までに手間取る手間取る。メニュー表の一部が見えないよ~?と指摘されたときは顔を覆うしかなかった。工夫も凝らしすぎると間延びしてしまう。できるだけ接客手順を修正し、あとは実践で慣れていこうというところまでなんとか持ってくることができた。

 いよいよオープンという日。

サプライズで送られてきたのは隣室のフレンドとフリーカンパニーマスターからの開店祝い。ポスターと屋号のロゴはComoの好みど真ん中を打ち抜いた。嬉しさのあまりくしゃくしゃにして抱きしめたくなる衝動をこらえた。

この二枚を掲げて、"コモズベーカリー"がエオルゼアの片隅で開店した。

                            

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