~Como's Bakery~
ミストヴィレッジトップマスト42号室。
窓から外を眺めれば冒険者居住区と、青々とした海と空が見える。
よく晴れた日だ。少し開けた窓の隙間から潮風に乗って波音がきこえてくる。
開店前の準備を終え、温かいコーヒーを片手にComoはぐるりと店内を見回した。
カウンター席とテーブル席を選べられるよう窓際にインテリアを揃え、ドアを開けて入って来る客をすぐに笑顔で迎えられるよう、入口近くにレジが置いてある。
並ぶときはポールの内側にお願いしますと、魔法で浮かせたポール替わりの花器がひっそりと主張する。室内BGMはなるべく明るく、くつろげるものを。
もう30分もしたら、看板ララフェルちゃんが出勤してきて、ロビー前には常連さんが集まり始めるだろう。今日はあの人はくるだろうか、あの子は最近見てないけど元気にしてるだろうか。初めて来てくれる人はいるだろうか。
頭の中に次々とお客様の顔が浮かぶ。一番乗りかなってドアを開けてくるオスラさん、今日はどれにしよう~迷う~と楽しそうにメニューを選ぶエレゼンさん、各地を巡る演奏家さんたちに、遠い海を越えてやってきてくれる冒険家さん。家族が実家から様子を見に来てくれるような空気をまとって、フリーカンパニーのメンバーがくるとホッとする。ここへやって来るお客様の笑顔を思い出せばキリがなくて、自然と頬が緩んだ。
この部屋を手に入れたことが、全ての始まりだったとComoは思い返す。
アパルトメントが3都市に建つ。この世界で暮らす冒険者にとって興奮せずにはいられないビッグニュースが流れたことがあった。が、当時ゴブレットビュートの一等地にあるフリーカンパニー所有のLハウスを自由に使うことを許され、しかも中に自分専用の個室も持っていた、いわゆる恵まれた境遇のComoにとっては
(フレンドさんのアパルトメントのお部屋に遊びに行くの楽しみだなぁ♪)
程度の認識だった。
部屋数が余っていればもちろん購入も考えただろうが、人口が非常に多いことで有名なこの国の間では競争率は高く、自分が買いに行く頃にはどの部屋も売り切れているだろう。
入居手続開始初日、各都市で一斉に部屋の購入が始まり、リンクシェルを通じて、通信用の青い鳥を通じて、仲の良いフレンドさんたちが無事ミストヴィレッジのアパルトメントに入居できたことを知らせてくれて、喜んだ覚えがある。
海の見える居住区は写真を取りに行ったり、ただ散歩をしに行ったり、夏には 花火がよく見えるスポットで、大好きな場所だ。そこに会いに行きたい人が住むことになった。これまでよりもぐっと身近になった気がした。
実際出かけてみると、フリーカンパニーの個室とは違って気軽に訪問ができる。実家暮らしの友人に会いに行くのと、一人暮らしの部屋に遊びに行くのとじゃ大違い。それと同じかもしれない。
ある夜、引越しや内装整理が落ち着いた頃合に仲の良いフレンドさんの部屋に遊びに行った。彼女らしい内装は居心地が良く、話も弾んだ。遠く海を越えて店舗がたくさん入ったアパルトメントを見てきた影響か、小さなBARカウンターが備えられていた。深夜のおしゃべりは楽しい。気づくと数時間経ち、空が白み始めていた。話題は新生活について、こだわりの家具、これからのこと。
もし私たちの部屋が隣同士だったら、私がパン屋さんになってモーニングセットを食べてもらおう、じゃあ私はBARを開けてお酒を一緒に飲もう、朝から晩までお客さんが私たちのお店をハシゴできるね━━他愛ないもしもの話だった。
ある日突然リンクシェルで、「Como!!私の隣の部屋が空いた!!」
そう彼女に言われるまでは、本当に他愛ない、"もしも"の話だった。